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米騒動研究ブログ

米騒動について、複数の書き手によるブログです。これまでの研究を紹介したり、ネット記事にコメントしたりとのんびりやっていきます。

辻隆「一九一八年米騒動の研究史と細川資料」の紹介

 

 書き込みが遅くなってしまいました。始めるにあたって何から書こうかと相当迷っておりました。

 

まずですが、wikipedia 米騒動(1918年)を見ると、米騒動の専門書として参考文献にあがっているのが、井上清・渡部徹『米騒動の研究』有斐閣(1-5巻)本のみという寂しい状況でした。これは、1957-62年というしょうわな時代に刊行されたものです。つまり、今から五十年前にタイムスリップしたような古典的な情報が未だに生きているんだなあとふと悲しくなってしまいました。

 

 それでも気を取り直して、まずはゆるゆるとですが、このギャップを埋めていきたいと思います。いろいろ考えていたのですが、ネットで公開するによい文献がみつかったので、ご紹介したいと思います。

 

辻隆氏が1985年に発表された「一九一八年米騒動の研究史と細川資料」(1-3ページ(4-6ページ) (7-9ページ)という論考です。これは講演(研究発表)という形なので、話しことばでもあり、すっと入っていく文章になっています。

環日本海米騒動研究会の「米騒動通信」第三号に掲載されていたものです。編者の許可を得てここに掲載させていただきます。
 

 

 特に、辻報告では、これまで単に引用するだけのものとして活用されてきた、井上清・渡部徹『米騒動の研究』本(「京都の研究」という表現をしています。)の意義と課題について、はっきり書かれています。また、井上・渡部本刊行のあと、米騒動研究が一段落してしまったのはどうしてか、という点についても触れており、興味深いです。

 

井上・渡部本がどうしてできたのか、その元になった細川嘉禄による細川史料についても、細川とモスクワに亡命していた片山潜との関わりについても詳しく言及している点もわたしたちの関心に応えてくれます。

 

井上・渡部本に続く研究についても触れています。わたしはここが一番興味を惹かれたところです。辻氏もそれに連なる、長谷川博、増島宏氏らの研究です。そこでは、米騒動を次の4つの段階をもつ複雑な形態としてとらえているとあります。

 

第一段階は、前期プロレタリアートによる米の積み出し阻止(津留め)の運動、第二段階は、大都市の近代プロレタリアートによる米騒動、第三段階は、生産現場における、工場労働者や炭坑のストライキなど、第四段階は、農村などいろいろ騒動という形式をとらない状態、と記しています。

 

井上・渡部氏ら京都の研究者は、プチブルジョアージーを中心にした運動だと米騒動をとらえており、その点で、長谷川・増島ら東京の研究の流れとははっきり立場を異にしていると辻氏は主張しています。ここは重要な論点だと思います。この点は、追ってまた別の角度からの論考なども紹介していけたらと思っています。

 

初回は、このくらいにします。